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東京高等裁判所 昭和55年(行コ)92号 判決

川崎市高津区下作延八五一番地二八

植松やよいこと

控訴人

植松弥生

東京都世田谷区用賀三丁目二七番一〇号

控訴人

今村富貴子

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

大塚龍司

東京都世田谷区雪谷大塚町四番一二号

被控訴人

雪谷税務署長

富田有

右指定代理人

小野拓美

池田春幸

梅岡輝男

林広志

右当事者間の相続税更正処分取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が、控訴人らの相続税について昭和五一年五月二四日付でした更正のうち、それぞれ課税価格一八五万六六二七円、税額五六〇〇円を超える部分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において、「訴外小池與市(以下「小池与市」と表示する)は、昭和三三年中に原判決添付物件目録記載一の土地(以下本件土地という)の使用権を取得したから、控訴人らに対する本件相続税の課税にあたっては、当然同時期の課税方針に従って右使用権を賃借権と同等の価値があるものとして取り扱うべきであるのに、昭和三四年以降の課税方針に従って右使用権を無価値なものとして本件土地のうち原判決添付図面記載A部分(以下A部分という)を自用地として課税するのは公平の原則に反するものであり、もし訴外小池が本件土地に使用権の設定を受けた際これに贈与税を課さなかったことにより、右使用権を無価値なものとみ、本件土地を自用地として相続税を課税するというのであれば、本来訴外小池が負担すべき贈与税を控訴人らが代って負担するのと同じ結果となり、極めて不合理であって、違法な課税処分というべきである。仮に、右の主張が認められないとしても、控訴人らは、被相続人田中すみの死亡時である昭和四七年一二月五日、もしくは、控訴人らと田中隆久らとの間で遺産分割調停の成立した同四九年一二月一八日、すみから相続したすみの訴外小池に対する離婚に伴う財産分与義務の履行としてA部分に同人のため使用権を設定したものであり、したがって、訴外小池、控訴人らに当該財産分与額(それはA部分の更地価格の七割五分に相当するものとみられる)相当の対価を与えたのと同視できるものというべきであるから、右使用権は賃借権近似のものであって、控訴人らは更地価格の七割五分に相当する負担を課せられているものであり、右使用権を無価値なものとする被控訴人の本件各更正処分は違法である。更にまた、訴外小池の所有する本件建物の存在するA部分と訴外田中隆久、同俊久の取得した更地である、本件土地のうち原判決添付図記載B部分(以下B部分という)を同一価値のものと評価して課税することも公平の原則に反し、この点においても本件各更正処分は違法であることを免れない。」と述べ、被控訴代理人において、「控訴人らの前記主張事実はすべて否認する。」と述べたほか、原判決の摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

一  控訴人らが、昭和四七年一二月五日死亡した田中すみの相続人としてなした相続税の各確定申告及びこれに対して被控訴人がなした各更正の経緯は、原判決添付別表一、二記載のとおりであること、被控訴人が本件各更正をなすにあたり認定した相続財産とその価額、これを取得した相続人とその相続分及び取得財産の価額は、同別表三記載のとおりであり、本件土地の評価方法は同別表四の、相続税の課税価格及び税額の計算明細は同別表五の各記載のとおりであること、相続人らの身分関係は、控訴人らが田中すみと訴外小池与市の間の子であり、田中隆久、同俊久は控訴人らの異父兄であること、被控訴人は本件土地のうち同別表三の「A表示部分」(二二四・三八平方メートル。前述のA部分に該当する)に対し訴外小池が有する使用権の経済的価値は零であるとし、本件土地を自用地と評価して本件各更正をしたものであることは当事者間に争いがない。

二  然るところ、控訴人らは、訴外小池が本件建物を建築した昭和三三年中に、当時本件土地の所有者であった田中すみから、本件土地の使用権の設定を受けたものであるから、当時施行の課税方法に従って右使用権を賃借権と同等の価値のあるものとして評価すべきである、と主張する。

そこで案ずるに、原本の存在及びその成立に争いのない甲第一号証、同第六号証、同乙第三号証の一ないし三、成立に争いのない甲第八号証、同第一九号証、同乙第一、第二号証方式及び趣旨により真正な公文書と推認し得べき乙第五号証、同第六号証の一、同第七号証、同第八号証の一、原審証人田中隆久及び同小池与市(但し、後記措信しない部分を除く)の各証言を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち

1  田中すみは、訴外小池と夫婦であった昭和三三年頃、その所有にかかる土地とその地上建物一棟を売却した金員で、本件土地上にあった旧建物二棟を取りこわし、該地上に家屋を新築しようと計画し、同年一一月二六日頃、訴外清水岩雄に代金二三五万円で原判決添付物件目録記載二の建物(以下本件建物という)の建築を請負わせ、同年一二月一一日頃には上棟を終え瓦、荒壁等の施工をなして翌三四年春頃事実上完成し、同年一二月一二日、東京都大田区建築主事宛に竣工届を提出した。

2  本件建物の建築確認申請は、昭和三三年一一月二六日提出されているが、当初建築主は田中すみ名儀であったところ、その後訴外小池が無断で建築主を自己名義(当時の氏名田中友章。その後、田中すみとの離婚及び名の変更により小池与市となる)に変更した。ただ、所有権保存登記はなされずに放置されていたが、前記清水岩雄は、建築残代金保全のため本件建物の仮差押を申請するに際し、債務者を田中友章としたため、同人名義で代位による所有権保存登記が経由された。

3  訴外小池とすみは、本件建物建築後間もなく同建物に移り住んだが、同三五年秋頃不仲となり、訴外小池は右建物より出てすみと別居し、間もなくすみを相手に東京地方裁判所に離婚訴訟を提起し、昭和三七年六月一二日訴外小池勝訴の判決の言渡しがあり、同四三年九月二〇日右離婚判決が確定して、両者は離婚するに至った。

4  その後、訴外小池は、すみを相手方として東京家庭裁判所に財産分与の審判の申立をなし(同裁判所昭和四五年(家)第七四九四号事件)、審理が続行されていたが、同四七年一二月五日すみは死亡した。そこで控訴人らは、同四八年七月、前記田中隆久、同俊久を相手方として同裁判所に遺産分割の調停を申立て(同裁判所昭和四八年(家イ)第四〇三八号事件)、訴外小池が利害関係人としてこれに参加し、その結果、昭和四九年一二月一八日、(1)控訴人ら及び訴外小池は本件土地のうちA部分を持分各三分の一の割合で共有し、田中隆久、同俊久は、B部分を共有する、(2)本件土地上のA部分及びB部分にまたがって存在する本件建物は訴外小池の所有であることを確認する、(3)訴外小池は、本件建物のうちB部分上に存する建物部分を収去する、等を内容とする調停が成立した(調停の申立及び成立に関する事実は当事者間に争いがない)。

5  右調停においては、専ら控訴人らと訴外小池対前田中隆久、同俊久との関係ですみの遺産を分割する方法が検討されたが、その間訴外小池は、本件土地の使用権については、何らの主張もせず、本件土地のA及びB部分は等価値であるとの前提で、前記の如き内容の調停条項が定められた。

6  本件建物については、田中隆久、同俊久の側ではこれを除去してB部分を更地として、他に処分して換金することを希望しており、他方、控訴人らと訴外小池側ではこれを訴外小池の居宅兼事務所として使用したいという希望を有していた。そして、調停条項では、訴外小池がその費用を負担して本件建物のうちB部分上に存在する部分を収去するものと定められた。

以上の事実を認めることができる。右認定に反する甲第一〇号証、乙第六号証の二及び六(いずれも原本の存在並びにその成立に争いはない)の各記載部分並びに原審証人小池与市の供述部分は、前掲各証拠と対比してたやすく措言できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によると、本件建物は、すみが死亡するに至るまで同人の所有に属していたものであり、遺産分割調停で本件建物が訴外小池の所有であることを確認したのは、本件建物がその建築の当初ないしその後に訴外小池の所有に帰した関係を確認したというよりも、本件建物の収去を希望する田中隆久、同俊久に対し、すくなくともその一部を存置して使用したいとする訴外小池が自己の使用の権原を明らかにしておく必要があり、他方、訴外小池が田中隆久、同俊久の取得分たるB部分上の建物部分をその費用負担において収去してくれることとの見合いで、田中両名も譲歩せざるをえなかった事情によるものと推認できるのであり(右推認の後段は原審証人田中隆久の証言によっても裏付けられる)、控訴人ら主張のように訴外小池において昭和三三年中本件土地の使用権の設定を受けたことはないと断ぜざるを得ない。

したがって、訴外小池が、昭和三三年中に本件土地の使用権を取得したことを前提とする控訴人らの主張は、すべて理由がない。

三  次に、控訴人らは、すみから相続した財産分与義務の履行としてすみの死亡時もしくは前記遺産分割調停成立時に本件土地のうちA部分につき訴外小池のため使用権を設定した旨主張するので、この点につき判断する。

まず、すみの死亡時に設定されたとの主張事実は、これを認め得べき証拠はない、かえって前示認定の事実関係に徴すると、すみの死亡時において、本件土地のうちA部分はすみの遺産として控訴人らと前記田中隆久ら四名の共有状態にあって、未だ控訴人らのみの共有になることは確定されていない段階にあったから、かかる段階で控訴人らがA部分に訴外小池のため使用権を設定するということは、仮に控訴人らがすみの訴外小池に対する財産分与義務が未履行であったという認識を有していたとしてもたやすく首肯できず、法律的にみても、共有物に第三者の使用権を設定することは管理行為にあたるから、持分の価格の過半数に達しない控訴人らのみによって行ない得ないところのものであって(民法八九八条、二五二条参照)、控訴人らの右主張は、到底採用することのできないものである。

また、遺産分割調停成立時に設定されたとの主張についても、前記認定のように、右調停においては、訴外小池から本件土地の使用権については何らの主張もなされなかったため、これが調停での話し合いの対象とはならず、そのため前掲甲第一号証によって認められるように、本件建物が訴外小池の所有であることは関係人全員間で確認されたものの、A部分に右建物を所有する権原については何ら触れるところがなかったのであって、むしろ、A部分が控訴人らと訴外小池の持分各三分の一による共有と定められたことにより、訴外小池は、本件建物を右土地部分に対する共有権に基づいて同地上に所有することとなったものとみることができる。もっともA部分の他の共有者たる控訴人らからすれば、本件建物が存在するためA部分の土地利用が事実上妨げられることにはなるのであるが、これは共有者間における共有物の利用関係として解決さるべき内部問題にすぎない。

然らば、訴外小池がA部分上に本件建物を所有して同土地部分を使用している関係は、土地所有者に対する使用権に基づいて使用している関係ではないといわねばならず、まさに、自らの所有権(共有権)に基づく利用関係とみるべきであるから、被控訴人が控訴人らの相続税の課税にあたり、A部分を控訴人らの自用地として評価したのは相当であって、何らの違法は存しない。

更に控訴人らは控訴人らと田中隆久、同俊久との課税の不公平を主張するが、A部分を自用地として評価することが許されないとする控訴人らの主張を採用することができない以上、控訴人らの前示主張は前提を欠き、失当というべきである。

然らば、被控訴人が、控訴人らの確定申告に対し相続により取得した財産の価額を五三八万二九三四円とし、これに対する(但し、千円未満を切り捨てる)納付税額を各七〇万七五〇〇円とした本件各更正は正当というべく、控訴人らの本訴請求はすべて理由がない。

よって、控訴人らの請求を棄却した原判決は結論において正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蕪山厳 裁判官 浅香恒久 裁判官 安國種彦)

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